作戦開始一日前 2009年1月13日
「こんにちは！メリーとブライアンとニコルとクリスティンにマリーとアンよ！」
「いよいよあと1日残すのみ、どんな感じかな？」
「うまくいきますように！私たちがついているわ」
「あなたと仲間の最初の９頭のこと、またお話しなくちゃね。」
皆さんからボノボたちを森へ帰す日について心配のメールやお電話をいただいています。ありがとう！
ここ数年ずっとこのお別れのことを自分に言い聞かせてきたわ。この「生まれ故郷への帰還」を夢見てきたの。少しの手抜かりもないようにもう１００回も頭の中で手順を繰り返し考えた。
IUCN（自然保護）の規定に沿って厳しく管理されたリリースの予行演習は完了。公式発表も終わった。車輪にも歯車にもしっかり油を差したわ。これですべては順調に歯車は回るはず。さあ、ついに決行の日2009年6月14日がきた！
決行の日
獣医はというと
WSPIのニックさんがタンザニアから特別にやってきてくださった。1993年以来WSPIは私とボノボの節目節目を見守ってくれている。ボノボを森に帰すという大切な今この時にもここにいてくれる。獣医のニックは私たちのサンクチュアリの大切な人。
「ニックがローラに来てくれる時は、足元にレッドカーペットを敷いてお迎えしたいわね。」彼は物静かな人で、彼の豊富な経験と動物への大きな愛はここでは伝説なの。彼はケニア人、言葉の壁なんてないみたいにスワヒリ語でうちのスタッフの多くと話をするのよ。
INRB（国立生物医学研究研究所）のスティーブ医師はマイケルと一緒にIUCN（自然保護）のガイドラインに沿って最終の血液サンプルをとる仕事をするわ。
8:30am カサイ空港のトラックがヌジリ空港に着いた。日曜の午前便でローラからはガラガラの道を走っていけた。みんなで「RAW銀行」のロゴの入ったＴシャツと帽子を身につけてね。RAW銀行にはとてもよく協力していただいているのよ。ローラを知ってもらうために地方紙に乗せてもらったし、フローレン、クリスティンと私の娘のファニーが企画する52分のドキュメンタリーフィルムも撮ってくれるの。このドキュメンタリーが無料で配信されて地方テレビ局で流されるといいなと思っている。
国営ラジオ局のUNラジオとAFPも同じ。そしてダニエルが私たちの正式なカメラマンになるのよ。彼女はキンサシャの「ギャラリー・ド・フルーブ」での素晴らしい展覧会を終えたばかりなの。
コンゴ航空貨物事務所は彼女のご主人のジャンが所長でできるだけ早くボノボたちを運ぶように便宜を図ってくれているわ。感謝！
加えてすべての皆様のご協力に対してお礼を申し上げます。環境係、獣医、警官、RVA、本当に魔法みたいに時間通りにことが運んだことに対して！
「いいのよ」と私はスージーに言った。彼女は何かあった時付いていた方が良いのではないの？と言ってくれたけど。「ゲージの扉が開く時はね、あなたと私は一緒に並んでボノボたちが自由な世界に旅立つのを見守るのよ」
バサンクスに到着
先週、ピエロは地元の専門家たちにボノボたちのストレスが最小限にとどまるように到着を助けてと依頼した。私たちは輸送が順調に行くようにカサイ空港と準備した。アントノフ26機の背面ドアが大きいおかげでかさばるケージを乗せることができた。スージーとゆかいなメル（ボランティア獣医）とスタニーと私はあ～あ！残念だけどバサンクス行きの普通便に乗り込んだわ。
残りのメンバーはWSPAのニックさんとMPIのマイケルさん、獣医学調査のマリーさん、撮影班のフローレントとダニエル。彼らはボノボたちの乗った貨物機に乗り込んだわ。エテュンベと息子のムバノ、マックス、ロマーニ、リサーラにルカヤ、ロメラとクブル。
貨物機は一路キンシャサからバサンクスに向かった。
彼らはムバンダカの赤道管理センターに寄ったんだけど私たちよりちょっとだけ早く着いた。飛行中にお話ししておかなきゃいけない思いがけないことがあったわ。新しい旅行会社の「Go-Longo」が最初のツアー客を連れてきていたの。１０人位のベルギー人男性たちはほとんどロンドン訛りでしゃべってたけど、リサーラを皮切りに３週間をこのへんで過ごすのですって。「奥様を連れてくるにはこの国は十分安全だとは思えないのかしら」と隣の席の友人に聞いた。
長い一人ぼっちの月の中にただようカヌーに乗っている自分を思ってほほ笑んだ。森の中にとり残されているの。水先案内人が一緒にいるのよ。パリの地下道の午後8時よりずっと安全だと思うの。笑えるだろうけど異国趣味と恐れは、知らないってことからくるのよ。
ムバンダカへの着陸はきつかった。一人の男性なんて顔面蒼白になって10分も床に臥せっていたわ。キンシャサで最初の土曜のパーティーで飲みすぎたんだろうと私は思った。 みんなは気圧のせいだと言っていたけど。「変よね。他の人は気分悪くなってないわよ。」隣の席の人がいじわるな感じで言った。私は微笑み返してパーティーが役に立っていたらいいんだけど、と思っていた。
コンゴ プランテーション カンパニー
ローラのボノボたちようこそお帰り、と書かれた垂れ幕の前には地区の最高レベルの役人たちが誇らしげに立っていた。すごいわ。防水シートでボノボたちは群衆から隠されている。ボノボたちの出す声は皆に聞こえているけれど。ルカヤだけが周りの騒音に神経質になっているみたいだった。
ＡＢＣの事務所に着くとほかの警官たちが群衆が庭について入ってきてしまわないように防いでくれた。私は地方官吏の一人のジープに乗せさせてもらった。警官たちは「mokomboso」（ボノボやチンパンジー）なんて俺たちの故郷じゃ見たこと無い！
絶対見てみたい～という若者たちを蹴散らすのに懸命だった。私は警官を手伝わなくっちゃと思った。ジープから飛び降りてトラックを止めた群衆の前に立った。そして彼らに暖かい歓迎へのお礼を述べ協力を仰いだ。手早く説明したのは、ボノボたちの恐怖心、ストレス、そしてまだまだ大変な一日が終わらないこと。彼らには大騒ぎは少し控えてほしいと頼んだ。できるだけ早くあなたたちの土地のこの動物たちを何とかしてあなたたちにお見せしますからと。効果があったのか少し静かになった。
（こういったことはとっても単純。もちろんこの町は数十年もの戦争のあと貧しさから抜け出てないから電動リフトが欲しいなんて夢にも思ってないわ。）
飲み水が少し足りなかったかな。
私はマリエールから「お役人」たちがボノボを放すところまでついてきたがっているって聞いた。カヌーを彼らの所につけなけりゃいけなかった。ボディーガードもいるし大勢だった。偉大なる村長のンクムは32本の豹の歯を身につけ飾りと一体になったみたいだった。「もちろん」「これって笑いどころ？泣きどころ？」「今でしょ！」
カヌーに乗った護衛はボノボの筏を囲んでいる。ボノボたちは声を出している。ケージは部分的におおわれていて呼吸しやすいようになっている。ルカヤはまたすごく緊張しているみたいね。時々ひどくケージをゆすっている。私たちのカヌーはお役人たち先頭を進んだ。新天地に通じる最初のひと漕ぎ。順調に事を運ぶのは難しくなってきた。私たちは思い描いていたシナリオからとんでもなく遠くにいた。
悪いことは重なるもの、と言うわよね。一方で騒動が起こったの。モンベンジールっていう妊婦さんが向う岸にいて溺れたの。（そこは私たちのベースキャンプがあるエロンダの村）私たちの男性職員はトンネルのアーチが崩れたのに手こずっていて、彼女を引き上げてくれと向うの村で叫んでいる声に気が付かなかったの。彼らは後にロポリ川の黒く濁った水から彼女の体は見つけられなかったと語った。
お役人たちはもう潮時だって思ったらしかったけれど私たちをあの村人から守らなければならないかもしれないと１０人以上の警官を残すと言い張った。私はお断りしたわ。今ではあの村は私たちの村でもあるんです。ですから、私たちで解決しますって。ロボコップみたいな仰々しい格好をした警官なんて役に立つもんですか。そんなこんなで皆去って行ったわ。
制限時間はあと10分。「次いこう！」スタニーに言った。「クブルでしょ。」スージーに提案した。「ちょっとしたお楽しみね。」 こうしてマックスを最後に全員が放たれた。1時間後には彼らは皆空腹を満たしていた。マリエールは干し草を2～3束与えることを考えていた。数頭は木に登り始めていた。
カヌーは私たちをキャンプに運んだ。そこでは昔も今も彼らの鳴き声が聞こえる所。川で600m隔たれたこの場所には風が声を運んでくれる。
おなかをすかせた警官が１０人以上もいるエコロキャンプに戻った。彼らは私たちが休みたいって切望してるのを悪気は無くても少々邪魔するでしょうね。
翌朝はボノボたちに専念するつもりだった。でも私たちは死者とその家族、死体の捜索、警察署長の取り調べ、金銭の要求に煩わされた。私たちの男手を捜査のための「人質」としてとられてしまった。私は「彼らを解放して」と数日間も交渉する羽目になった。
オハイオ州コロンバスで先月あったＰＡＳＡの会議の後で同僚のアリテッティとエステルが遠隔調査用の首輪をつけて放した個体の位置情報追跡をしたらって言ってきたのでうちのボノボグループは一緒にいるのかしらと心配になってきた。
彼らのチンパンジーたちは放していつも数日したらもうてんでバラバラになっているの。でもね、私たちの沼地の多い森では首輪をつける選択はしていないし、彼らの熱心な進言は遅すぎた。放す日は目前だったもの。私たちのボノボ集団の団結ありきで決めたことだけど一緒にいるかどうかは私にとって最も心配な点である。
でも決めた。メリエールとスージーも賛成してくれたし、ボノボたちを数日は囲いの中に（そんなに狭いわけでもないの、２５ｍｘ２５ｍあるもの）入れておいて新しい環境に適応する時間をつくってあげよう。
これが世界初のボノボ解放の方法となったの。これは自然な出来事として私たちの心に残るでしょう。
その翌日にはルカヤが友達がしたのと同じように出て行ってしまった。でも彼女は日が暮れる頃には皆と夜を過ごすために囲いの中に戻ってきたり、一方でリサラは近くの木に自分の新しいベッドをこさえていたの。
「完了ね！」スージーが大声で言った。「行きましょう」私たちは皆で声を合わせた。スタニーが囲いの扉を開けるとスージーと私はボノボたちとモンベンゲレの森を知るために外に出た。私たちは顔を見合わせた。気持ちが高揚していた。
私たちは0地点で針路を変更した。リサラ、クブル、ロマーニとベニが先を行く。ロメラはとても心配性だ。ルカにつかまることで心を落ち着かせ、くんくんいっている。ルカヤはロメラにホカホカをして気を落ち着けている。彼女ははっきりとその小さい泣き虫の赤ん坊を追い払おうとしていた。彼女にはもっとやりたいステキなやりたいことがあったんだもの。新しい森をくまなく探検すること！
マックスはイブラヒムに飽きることなくディスプレイをしていた。エツンバは同じように指をとりにいこうと彼に飛び掛かった。私たちは幸運だ。何の危険もなかった。スタニーは観察メンバーを減らしてイブラヒムと囲いに戻ろうと提案した。
私たちはボノボたちが水を飲める大きな水たまりの水を飛び越えながゼロ地点まで進んだ。でもボノボたちはその水の未体験の味とコカコーラ色であるのが嫌そうだった。
私たちは夕方キャンプに戻った。ボノボたちからの威嚇をかわすことに手間取りながらね。かわいそうなマリー ラウレ。彼女はロマーニのおふざけの標的にされちゃったんだもの。
森の中を歩いていて、ボノボたちを周りのすてきなもの全てに気付かせようと止まった時、私は黄色の木の実の殻が地面に散乱しているのを見つけた。私はボノボが好物を見つけた時の独特な鳴き声を聞いたことは無かったのでリサラが1頭で木の上に登り他のボノボたちに隠れて赤い新鮮な実を口に詰め込んでいるのを見上げた時驚いた。
彼女が降りてきた時、彼女の口は欲張りさんの赤い色に染まっていた。ボノボたちはそれを欲しそうにながめていたけど私が木の上を指さしてあげても誰もその木の実がどこにあったか理解できなかったみたい。
「まだまだいっぱい覚えることがあるわね」スージーが言った。
夕方には、彼らは全員囲いを取り巻く木の高くに寝床を作った。ゴリラのマックス※１（以前ゴリラと暮らしていた）ちゃんだけはゼロ地点をうろうろ。そして自分で地面に寝床をこしらえたわ。
※１ マックスは1989年5月19日にコンゴのブラザビルで救出された。長いこと彼はゴリラと一緒に過ごしていた。そしてこの日まで明らかに普通のボノボと違った数種の固有な鳴き声をしていて、それはメスたちにとってミステリアスでセクシーな感じがするらしい。
私たちは数日間そんな様子を嬉しく見ていた。マックスは木のてっぺんに登るには木登り初心者だったの。最終的には樹上に寝床を作り出したのよ。ムバノがもう母親のエツンバと寝てもらえなくなった。彼はずっとくんくん鳴いていたわ。母親のベッドに入ろうとあらゆる手段をとってたけど何度も何度も拒否されていた。エツンバは何もしてやらなかった。
しかたなくムバノは「おばちゃんたち」ルカヤとリサラのところに行った。そしてついにちびのロメラのところへも。彼らはすぐに心地よい小さな寝床を大人たちの寝床の近くに作るようになった。それ以来お昼寝の時にも川に張り出した枝の葉や小枝をたたんで工夫して簡単な寝床を作って満足そうに横になっているのは普通の光景になった。
続く数日は私たちの森の中のハイキングを続けた。広いロパリ川の土手を飛びながらボノボたちに教えた。その白い砂浜は野生のしょうがで縁取られているの。ボノボたちはそれが大好きだった。若芽に葉、それにローラでは「トンドロ」と呼んでいた酸っぱい実も。
クブルはよく真っ先に新しいことを見つけたよと声を上げていた。
「天才」（リサラのことをよくこう呼んだ）は手に水をすくって口に持っていくのを覚えた。彼女は声を上げて何回も同じ動作を繰り返した。ロメラはローラではよく飲む子だった。けど、まねしてみて吐き出した。「うまくいかないわね」私は心の中でつぶやいた。 でもこのあと間違っていたのがわかった。ロメラは川から水を飲むようになったの。沼の多い森のいたるところに普通にある水たまりから飲むみたいに。
スージーと私は長い時間をボノボたちが森の探検をしているのを眺めて過ごした。
ボノボたちは日に日に、私たちが横切ってつけた小路よりも木の上で動き回る方が好きになってきたようだった。
「良い傾向ね」スージーが言った。「９月の初めから水位が上がってきて森は水没してしまうの。でもこれなら安心ね。」
それ以来彼らは規則正しい「スケジュール」を組み込んでいき、それは私を安心させ彼らが分散しないだろうことを私にだんだんと確信させた。彼らは２か所のうち１か所に寝床を作った。たいていはエツンバがどこで夜を過ごすかと決めるのに合わせて。
囲いとモンベンゲレの浜は目印として残った。彼らが西へ北へと森へ探検に行く時の出発点として。夕方４時ごろには帰ってきて、5:10ピッタリにリサラは寝床を作りに木のてっぺんに登る合図として頭を上げた。私たちにはあちこちからキーキーという声が聞こえてきた。特にロメラとムバノの２頭のオチビちゃんたちの声が。
雨期だった。それは「毛虫の季節」としても知られていた。それは貧しく打ちひしがれた水辺の生き物たちにとっての貴重な蛋白源だ。 長い長いあいだそうだったように。
夜には雷がとどろき、雨がシートを打つ小屋で私はかわいそうなボノボたちを思っていた。冷たい雨に震えているんじゃないかしらって。そして自問したわ。私の判断は彼らのためになったのかしら。彼らに与えたパラダイスは思っていたより甘くはなかったんじゃないかしらって。
でもね、スージーと私は翌朝6:30には霧のかかった川を渡ったの。ボノボたちはいつも通りに、昨夜がいつもと違った夜なんかじゃなかったみたいに、私たちを歓迎してくれた。私は自由に対する考え（自由は人間を一人前にするもの）を自分の中で確信して安心した。自由には時として苦さも混じる。反面自由は強く崇高なもの。彼らを突き動かし、彼らを結び付け、彼らを強くする。そして幸福からは確かにそんなに遠くはないもの。
ボノボたちよ、わたしにはあなたたちの心なんて読めない、ただあなたたちが私の目の奥を覗き込むときに私はあなたたちの目の中深くを覗く。この自由はあなたたちのためにと私が望んできたことだったけど、あなたたちにはもう他に道はないの。今を生き抜いてね。そして私が間違っていたとすれば？ローラは私たちの天国だったの？
お行き、この森のもっと奥へ！この森はあなたたちのもの。森を探検しておいで。そしていつか私の目を見つめに帰って来てね。私がずっと何よりも覗いてみたかったものをその目の中に見せて。あなたたちの祖先の森での自由な暮らしの喜びを！